大野伴睦先生 御夫婦の像

岐阜県の新幹線駅の設置に尽力した大野伴睦の銅像。
原型作者は北村西望。
岐阜羽島駅前にあり、銅像横の道は睦通りと名付けられています。
岐阜羽島駅イコール大野伴睦、年配の人なら知らない人はいないでしょう。
ご本人だけでなく奥様とご夫婦の像ということで、少しなごやかに感じられます。

種類 肖像
大きさ H500cm W380cm D150cm
素材 燐青銅
原型作者 北村 西望
設置場所 岐阜県鳥羽市 岐阜鳥羽駅前
作成期間 6ヶ月

人物ストーリー

義理人情に厚い性格から「伴睦殺すにゃ刃物はいらぬ、大義大義と云えばよい」という戯れ歌でも知られた。保守合同にあたっては、この性格を知る宿敵・三木武吉が「保守合同は救国の偉業」という論理から説得したことで、大野はただちに意気投合したと言われている。

義理と人情に厚いという評判から、真偽のわからない人情話に事欠かない政治家であった。一例として、自分の選挙区とは関係もないある老婦人が「家の近くのドブ板の整備を役所に頼んでも一向にやってもらえない」と訪ねてきた際、憤慨した大野はさっそく役所に電話を入れ、すると今まで老婦人の声を聞き入れもしなかった担当課長が菓子折りを持ってきて謝罪し、すぐに作業が始まったといわれる。

他にも、大野の在宅時に自宅に泥棒が入った際、外遊のために用意していた金を渡し、「今これだけしかないが、もっといるのか?」と聞いた。泥棒は大野の思いもよらない対応にのまれ、逆に「これから一生懸命働いて、必ずこのお金をお返しに来ます」とまで言った。また、事務所に全く見知らぬ青年が駆け込んできて「お金を貸してください」と言ってきたとき、大野は全く疑いもせずこころよくお金を貸したこともあったとされる。以上のような態度・対応をとったのは、政治家のところに泥棒に入ったり金を借りにくるのはよほど困ったことがあったのだから、できるだけのことをしてやろうという考え方があったではないかといわれている。

酒豪としても知られ、「酒は飲む以上わけがわからなくなるまで飲むべきだ」という名言がある。

『ウィキペディア日本語版』. 2020. 「大野伴睦」. 最終更新 2020年6月27日 (土) 01:10 UTC.

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